「テトリスでトラウマが消える」は本当? 研究データから見る真実

テトリスでトラウマ解消? 心理学(アドラー,フロイト,ユング等)
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「テトリスを20分プレイすると、つらい記憶が和らぐ」

こんな話を聞いたことがあるでしょうか。
最近、パンデミックの最前線で働いた医療従事者を対象に、テトリスを用いた興味深い研究が行われ、医学雑誌『BMC Medicine』に掲載されました。
この記事では、その研究内容を詳しく見ていきながら、テトリスとトラウマ記憶の関係について考えてみます。

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突然よみがえる記憶「侵入的記憶」とは

まず、「侵入的記憶(しんにゅうてききおく)」という言葉について説明しましょう。
これは、つらい出来事を体験した後などに、望んでいないのに突然、その出来事の記憶が断片的に、かつ鮮明によみがえってくる現象です。
まるで今、再びその出来事が起こっているかのように感じられることもあります。

  • 特徴
    • 望んでいないのに、不意に現れる
    • 鮮明で生々しい(映像、音、感覚など)
    • 強い感情(恐怖、無力感、恥など)を伴う
    • コントロールするのが難しい
    • 日常生活(集中、睡眠など)に支障をきたすことがある

侵入的記憶は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)によく見られる症状の一つですが、PTSDと診断されていない人にも起こり得ます。
原因となった出来事を思い出させるもの(トリガー)によって引き起こされることもあれば、はっきりしたきっかけなく現れることもあります。

研究の目的:テトリスは侵入的記憶を減らせるか

今回注目する研究は、スウェーデンの医療従事者を対象に行われました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(2020~2022年)の最中、彼らは仕事を通じて精神的な負担の大きい出来事にさらされることがありました。
研究チームは、このような経験によって生じる侵入的記憶を、短時間で実施できる介入によって減らせないかと考えました。

特に、「イメージ競合課題(imagery-competing task)」と呼ばれるアプローチの効果を検証しようとしました。
これは、特定の記憶を思い出しているときに、それとは別の、視覚的な情報処理を必要とする課題(今回の研究ではテトリス)を行うことで、記憶の影響力を弱めようとする考え方に基づいています。
研究チームは、「この介入を受けたグループは、対照群(比較のためのグループ)と比べて、5週間後の侵入的記憶の頻度が少なくなる」という仮説を立てました。

研究の方法:どのように検証したか

研究には、パンデミック中に活動していたスウェーデンの医療従事者144名が参加し、最終的に130名が全ての調査を完了しました。
参加者の多く(82%)は女性で、平均年齢は41歳、看護師が58%を占めていました。

参加者は無作為に2つのグループに分けられました。

  1. 介入グループ(イメージ競合課題)
    • まず、自分が体験した侵入的記憶を一つ思い出すように指示されました。
    • 次に、スマートフォンで20分間テトリスをプレイしました。
    • この一連の流れ(記憶想起+テトリス)は、スマートフォンを通じて遠隔で行われ、全体で約25分かかりました。
    • 参加者は、後日、別の侵入的記憶に対して、自分自身でこの介入を繰り返すことも勧められました。
  2. 対照グループ
    • 介入グループと同様に認知課題を行うと説明されましたが、実際にはポッドキャストを聞き、それに関する簡単なクイズに答えるという、視覚的な負荷の少ない課題を行いました。
    • こちらもスマートフォンを通じて行われ、所要時間は介入グループとほぼ同じでした。

両グループの参加者は、5週間にわたって毎日、侵入的記憶を経験した回数を日記に記録しました。
また、介入直後、1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後に、PTSD症状などを測定する質問票に回答しました。

研究結果:テトリスは有効だったのか?

研究の結果、テトリスを用いたイメージ競合課題を行ったグループは、対照グループと比較して、侵入的記憶を経験する頻度が有意に減少していることが示されました。

さらに、介入から1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後の時点でも、介入グループの方がPTSD症状が少ないという結果が得られました。

研究者たちは、「パンデミック下で仕事に関連するトラウマにさらされた医療従事者にとって、デジタルで提供される1回のガイド付きイメージ競合課題介入は、侵入的記憶を減らす上で有益であった」と結論付けています。
彼らはまた、このような短時間で、柔軟に、遠隔で実施でき、繰り返し可能な介入の必要性が、公衆衛生上の緊急の課題であるとも述べています。

この研究から言えること、そして限界

この研究は、テトリスのような視覚的な情報処理を要するゲームが、侵入的記憶に対して有効である可能性を示す、興味深い証拠を提供しました。
特に、スマートフォンを使って短時間で実施できる介入が、長期間にわたって効果を示す可能性がある点は注目に値します。

しかし、この結果を解釈する上で、重要な注意点があります。

  • 対象者の特殊性
    この研究の参加者は、パンデミック下の医療従事者に限定されていました。彼らが経験したトラウマは、患者の苦しみを目撃するといった「代理受傷(vicarious trauma)」に関連するものが主であった可能性があります。
    自身が直接的な被害を受けたトラウマ(例:事故、災害、暴力など)を経験した人々に、同じ結果が当てはまるかは分かりません。
    今後の研究で、より多様なトラウマ体験を持つ人々を対象とした検証が必要です。
  • 「減少」であって「消失」ではない
    研究は、侵入的記憶の「頻度の減少」とPTSD症状の「軽減」を示しましたが、記憶が完全に「消える」ことを示したわけではありません。
    テトリスは記憶を消去する魔法のツールではない、という点は明確に理解しておく必要があります。

まとめ:テトリスとトラウマ記憶のこれから

今回の研究は、テトリスのような身近なゲームが、つらい記憶に悩む人々を支援するツールとなる可能性を示唆しています。
特に、トラウマ体験後の早い段階での介入や専門的な治療を補完する方法として期待されます。

しかし、現時点ではまだ研究段階であり、その効果やメカニズム、適用範囲についてはさらに多くの検証が必要です。
テトリスでトラウマが消える」というような単純化された情報に飛びつくのではなく、科学的な根拠に基づいて冷静に捉えることも大切です。

もし、あなたや周りの人がトラウマとなるような記憶に苦しんでいる場合は、自己判断でゲームなどに頼るのではなく、必ず精神科医や臨床心理士、公認心理師などの専門家に相談してください。
適切なサポートを受けることが、回復への最も確実な一歩となります。

参考文献・出典

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